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ルクササかっさらい婚企画7月投稿分

 こんな生活を、いつまでも続けられるわけがないと思っていた。
 温室育ちの彼は、すぐに音を上げてしまうものだと思い込んでいた。

 

 でもそんなことはなくて。

 

 この生活を楽しいと言う彼を何回もみた。
 悩みながらも共に進む事を決めてくれた。

 

 

 彼が自分の意思で自由に生きることを願うのだとしたら。僕は・・・・・・僕にできることは。
 

 前回の買い物から数日。
 保存食が残ってはいるものの、そろそろ生鮮食品は心許なくなってきた。できるだけ、外出を控えたい気持ちはある。でも、いつまでも家に引きこもっているわけにはいかないし、そもそもそれでは神殿から彼を・・・・・・ササライを連れ出した意味がない。


 覚悟を決めたルックは、部屋の掃除をササライに任せて買い出しに出ることを彼に告げた。
 誰かが訪ねてきても絶対にドアを開けるなと何度も何度も念を押すと、彼は『おおかみと7匹のこやぎみたいですね』とのほほんと笑った。それが、いつものササライらしくて、ルックは少しだけホッとする。

 

 

 人がごった返す市の賑やかさは相変わらず。人混みが好きではないルックはさっさと買い物を済ませて帰ろうと心に決め、まずは野菜からと店の商品に視線を落とす。

 

 

 今が旬なのは、トマトやキュウリなどの夏野菜。
 ササライの苦手な食べ物は何だっただろうか。

 

 

「これくらいの身長で、年の頃は17なんですが・・・そんな人、見ませんでしたかね?」

 

 

 数日分の献立を考えながら、必要最低限の食材を吟味していたルックの耳に届いたどこか聞き覚えのある声。
 思わずルックはナスを手に取ったまま動きを止める。

 

 

「そうなんです、一緒に来ていたんですけどね。あちらこちら店を覗いているうちに迷子になっちゃったみたいで」

 

 

 これだけ人が多い場所。
 迷子なんて日常茶飯事で、普段なら気にもとめない言葉。
 けれど、その声を聞いた瞬間、ルックの脳裏にハルモニア貴族特有の鮮やかな金髪を持った男の顔がよぎった。
 


 知っている声。
 ぞくぞくと背中が泡立つ。
 嫌な予感がする・・・聞きたくなかった声。

 ルックは早鐘を打つ鼓動をなだめながら、目深にかぶったフードの隙間からそちらへ視線を移した。

 

 

「えぇ、そう。青い瞳の・・・」

 

 

 ゆるくウェーブのかかった金色の髪。人当たりのよさそうな困惑顔は純粋に知人を捜していますという風体を醸し出している。
 そう、何も知らない人が見れば・・・。
 けれどルックは、それが彼の特技だと分かっている。

 ナッシュ・クロービス

 ササライ直属の部下で、諜報員。
 彼は先の英雄戦争にも加わっており、デュナン統一戦争の折りも偵察と称してデュナン国内をウロチョロとしていたという情報もある。
 それはつまり、当然のようにササライの顔も、ルックの顔も、二人の関係も、交友関係も、全部知っている可能性があるということ。

 

 

 面倒な奴が近くまで来たものだと、ルックは内心で舌打ちをする。

 

 

 ほかの誰かなら、例え近くにきたとしてもどうとでもやり過ごせただろう。
 それくらいの自信を持って、ササライを神殿から連れ出した。
 けれど、彼はまずい。

 

 

 軟派な見た目や行動とは裏腹に彼の諜報員としての能力は高く、それを認められているからこそササライ直属の部下として活動しているのだ。

 

 

 一刻も早くこの場から立ち去りたかったが、慌てて動くと逆に目立ってしまう。
 しかも運の悪いことに、ナッシュはルックの帰宅方向に立っていた。

 

 

「ほんっと、嫌なヤツ」

 

 

 聞こえない程度の声量で悪態をつくと、とりあえず店員に怪しまれないように、今まで吟味していた野菜の買い物を済ませる。
 焦ってはダメだと自分自身に言い聞かせながら、ルックは何気ない動作でフードをしっかりと被り直し、ナッシュのいる方へ向かって歩き出す。
 下手に迂回して移動しているのが見つかり怪しまれてしまうよりは、通行人を装って自然に移動した方がいいと判断したからだ。

 自然に。人混みに紛れて。
 店主との話に夢中になっている諜報員のすぐ後ろを通り抜ける。

 

 

 少し離れた所からチラリと視線を向けると、ナッシュはこちらを気にする様子もなく店主と話を続けているようだ。
「気にしすぎだったかな・・・」
 緊張している気配が伝わらないか不安に思ったが、それは杞憂に終わったようだ。
 目立たないように、それでもできるだけ素早くルックはその場を後にする。

 

 

 もやもやと心の中に広がる不安。
 ササライと一緒にいるためには、あの追っ手をどうにか振り切らなければならない。とにかく、まずは帰らなければとルックは歩みを進めた。


 尾行はされていない。何度も確認してから、ルックはササライが待つ家のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったんですね?」
 買い物に出たはずのルックの荷物がとても少ないことに驚いたのだろう。ササライは不思議そうに首を傾げた。
「まぁね。留守中、誰か訪ねてこなかった?」
「もぉ。留守番くらいちゃんとできましたよ。まったく貴方は私を本当にこやぎだと思ってるんじゃないんですか?」
 何も知らないササライは、ぷぅと頬を膨らませる。
「そうじゃないよ・・・・・・兄さん、ちょっといい?」
「はい?なんです??」
 不思議そうにササライは首を傾げる。
「また、ハルモニアの追っ手を見かけた。ここはマズいから移動する準備をした方がいい」
「っ」
 ビクリとササライの肩が揺れる。

 敢えて、『誰が』近くに来ていたかは言わない。言っても無駄に不安を煽るだけだから。
「ルック、あの・・・・・・」
 そこまで言って、ササライは一度口ごもる。
「・・・・・・なに?」
「・・・・・・私は、ルックの迷惑になってないですか?」

 ササライの表情から読み取れるのは不安。
「そんな訳ないだろ」
 きっぱりと言い切ってルックはじっとササライの瞳を見つめる。
「不安になってるなら何度でも言ってあげるけどね、僕は兄さんと一緒にいたい。兄さんが飽きるまでは、ね」
 本当は、ずっと・・・・・・それこそ彼に嫌われたって一緒にいたいと願っている。
「私だって一緒にいたいです」
「それなら、今は逃げる準備しよう。最低限の物だけまとめて」
 こくりとササライがうなずいたのを確認して、ルックは自分も準備を始める。
 いつでも逃げ出せるように準備はしていたから、持ち運びしやすいリュックに詰めていくだけだ。

 

 

「・・・・・・!!!」
 ハッと唐突にササライは顔を上げる。
「兄さん?」
「ハルモニアの、軍が来ています」
 ササライはぎゅっと右手の紋章を握りしめる。
「・・・・・・つけられてたか」
 ルックはそっと窓から外をうかがう。

 

 

 見える範囲にはまだ、あの青い軍勢は見あたらない。
 ササライが気づいたのはきっと、彼が長年あの軍に身を置いていた故なのだろう。
「近い?」
「・・・・・・」
 神妙な表情で、ササライはうなずく。

 

 

「・・・そう」
 その表情をみる限り、今から荷物も何も持たずに飛び出しても、きっと手遅れなのだろう。

 

 それならば、選ぶ道は一つだ。
 覚悟はとうにできているのだから。

 
 一度リュックに入れた荷物を半分に。
 必要なのはひとりぶんだ。
「ルック?」
「そんな不安そうな声出さないでくれる?大丈夫だよ」
 本当に必要最低限の荷物だけ詰めた荷物は、一人分の荷物は、軽い。
 ぐいっとササライの手を引いて向かうのはクローゼット。
 引っ張り出したのは1つの布袋と青い服。普段はササライが着るその服を、ルックは迷うことなく身にまとう。
「何してるんですか、ルック!」
「いいから。ほら、キミはこっち」
 ポンッとルックはササライに自分が着ていたフード付きの上着を投げる。
「・・・・・・あっ」
 聞こえてきたのは、足音。

 
 今までの幸せな生活に終焉を告げる音。 

 

 

「早く」
「は、はい」
 言われるがままにササライは上着を身につける。
「これ持って」
 ぐいっとルックはササライにリュックを持たせ、そのままクローゼットの中に押し込む。
「ルック!?」
「いいかい?君はここに隠れてて」
 心のどこかで、こんな日が来るだろうと覚悟していた。
「どうしてっ」
「僕が兄さんの代わりに兵士たちと一緒に行くから」
 覚悟していた言葉を告げるのが、こんなにもツライ。でも、ササライを不安にさせるわけにはいかない。彼はこれから、1人で逃げなければならないのだから。
 だから・・・・・・ルックは笑う。
「奴等がいなくなったら移動するんだ。ここから離れたらまっすぐ南を目指して。南ってわかる?あっちだからね」
 指さすのは、町と反対の方向。
「で、でも!」
「大丈夫。兄さんはもう神殿にいた頃の何もできない兄さんじゃない」
 ササライが不安に思っているのが一人旅ではなく、自分と離れる事だと思ってしまうのは都合のいい思いこみだろうか。
「この半年で必要最低限のことはできるようになっているよ」
 同じ顔、同じ声。なのにどうしてこんなにもササライのことを愛しく思うのだろう。
 これで一生のお別れにするつもりなんて少しもない。
 でも、最後にもう一度だけ・・・・・・とルックはぎゅっとササライを抱きしめる。
「ルック・・・!?どうして・・・っ!!」
「兄さん、アンタは全部リセットして生きなおしたい、と言っていた。僕の望みを、一緒に過ごしたいという願いを叶えてくれた。裕福な生活を捨てて、僕の身勝手な願いにつきあってくれた。その生活を嬉しいとさえ言ってくれた。」
 本当に本当に、幸せな時間だった。
「だから今度は、僕が兄さんの望みを叶えたい」
 英雄戦争を起こしても、ルックの望みは叶わなかった。でも、この望みは・・・大切な兄の望みだけは、この命に代えても叶えてみせる。
「でも・・・!無理だよ!!すぐにバレてしまう・・・・・・!!」
「大丈夫。僕たちはヒクサクのクローン・・・・・・同じモノなんだよ?誰が見分けられるっていうのさ」
 ぐいっとササライから離れて、ルックは自信満々の笑みを作って見せる。
「クリスタルバレーにつく前に抜け出せばいいよ。兵士を出し抜く程度、あの牢獄みたいな円の宮殿からアンタを連れ出すより簡単だからね」
「ルック!」
「絶対に追いつくから。先に進んでて」
 これ以上、時間はない。

 

 

 すでに家は囲まれているのだろう。たくさんの人の気配がする。
 今にも泣き出しそうな表情のササライを置いていくのは辛い。けれど、ここで二人とも捕まってしまうわけにはいかない。

 

 

「兄さん、少しだけお別れだよ」
「ルッ・・・・・・!?」

 

 

 ルックはササライに向けて軽く眠りの風を発動させる。
「な!?」
 自分に魔法が放たれるなんて予想外だったのだろう。ササライの瞳は閉じられ、そのままズルズルとクローゼットの中に崩れ落ちた。
 それを確認して、ルックは静かに扉を閉める。
「おやすみ・・・兄さん」

 

 

 魔法レジストが強いササライの事だ。きっとすぐに目覚めるだろう。最悪、奴等がいる間に目覚めてしまうかもしれない。でも、それでもいい。
 ほんの少しでも、時間が稼げれば・・・。

 

 

 ルックは先ほどクローゼットから取り出した布袋の中から腕輪を取り出す。
 クリスタルを思わせる透明な丸い石がついたそれは、ルックがこんな時のために用意しておいた物。付けられた者の魔力を吸い、紋章を封じる効果がある腕輪。

 

 

 顔も声も同じ。でも、身に宿す真の紋章は別のモノ。追っ手の中に紋章に長けた者がいれば、すぐにバレてしまうだろう。
 それでは意味がない。
「僕なんかに構わず、逃げるんだよ」
 聞こえるはずもない言葉をクローゼットの扉の向こうのササライに掛けて、ルックは腕輪を付ける。
「・・・っ」
 全身を襲う強い倦怠感。自ら取り外しができるように細工してあるとはいえ、効果は変わらない。立っているだけでもクラクラする。
 ツライ、苦しい。

 それは身体だけでなく、ココロも。
「まさか、ホントウに使う日がくるなんてね・・・」
 自嘲気味に呟いた直後、乱暴に出入り口の扉が開かれる音がルックの耳に届く。
「きた、か・・・・・・」
 紋章を封じてしまえば、大丈夫。
 自分は“ササライ様”を演じてみせる。

「ササライ様!ご無事ですか!?」
 バタバタと大きな足音をたてて複数のハルモニア軍の兵士が家に侵入してくる。
「あぁ、大丈夫。ここにいるよ」
 ルックはできるだけササライの声色を真似て声をかけると、出入り口へ向かってフラフラと歩き出した。

 さぁ、宝探しの始まりだ。
 キミたちの大切な宝物(神官将様)はこの奥にいる。
 もし、彼が本当にキミたちのタイセツな人ならば、僕(悪鬼)なんかに惑わされず取り返してみせるといい・・・。

7月投稿分です。

かっさらい婚企画の流れで、一応7月は

「転」の月だったので、今までの雰囲気を一変させちゃいました。

とんでもないイベントを発生させてごめんなさい(土下座)

流れを変えようと思って書いていたらなんだか凄いことになりました。

今回のイベントではハルモニア兵が侵入してくるところで終わっています。

このまま連れて行かれるかどうかは次の月の担当者様に決めて頂ければ…と思います。

​丸投げで申し訳ありませんが(汗)よろしくお願いします!

​とうか

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